鳥取地方裁判所 昭和41年(行ウ)1号 判決 1968年2月08日
原告 横山荘一
被告 建設大臣
訴訟代理人 山田二郎 外八名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、双方の申立及び主張
(原告)
請求の趣旨
一(イ) 被告は原告に対し金一二三万円を支払え。
(ロ) 被告は原告に対し金二五〇万五、〇〇〇円を支払え。
(右(ロ)が理由のない場合の予備的申立)
(ハ) 被告は原告に対し砂八、三五〇立方米を左記方法により引渡せ。
記
岩美郡福部村大字細川字高浜九二〇番五、同番一六、同番一八、同番二七、同番三五(以下第二回の土地と略称)から採取し、原告の指定する場所へ運搬して引渡す。
二、砂崩壊防止法面及び平坦地の面積を明確にして道路保護の万全を期し、第二回の土地につき、被告は原告に対し植林の自由を認めること。
三、原被告間において第二回の土地につき原告が所有権を有することを確認する。
四、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求原因
(1) 原告は昭和三九年一月二八日岩美郡福部村大字細川字高浜九二〇番三九、同番四〇、同番四一の三筆の土地を国(建設省鳥取工事事務所扱い)に、任意売買により売渡した。
(2) 被告は昭和四〇年一二月一五日に原告所有の第二回の土地を鳥取県収用委員会の収用裁決により国が収用したと主張している。
(3) 請求の趣旨第一項の請求について
被告は第二回の土地を坪五〇〇円で適法に収用したと主張しているけれども、右五〇〇円とは別に、被告は原告に対し左の損失補償をすべきである。
すなわち、右第二回の土地の面積は約七五〇坪あるが、この土地は傾斜地であるから、道路面を低くすることなく砂を採取しても、少なくとも一万二、四五〇立方米(全量は約七万立方米と推定される)を採取し得る。この砂は原告所有宅地の埋立に役立つのみならず、他にも用途多く、他に売却すれば一立方米当り三〇〇円を獲得できる。従つて、被告は原告に対し、前記坪当り五〇〇円とは別に三〇〇円に一万二、四五〇立方米を乗じた金三七三万五、〇〇〇円の補償をなすべきところ、内金一〇八万円(三、六〇〇立方米分)と一五万円(五〇〇立方米分)の計一二三万円は直ちに支払われるべきものであり、その余の砂については被告は原告に対し金員の支払を、そうでなければ原告の望む場所に捨砂をしなければならない。
(4) 請求の趣旨第二項の請求について
(イ) 前記(2)の土地収用裁決には重大且つ明白な瑕疵があるから右裁決は無効である。
すなわち、第二回の土地は道路敷地ではなく、また道路の附属物でもない。従つてこの土地については道路法を適用する余地はなく、この土地は道路改築のために収用され得べき土地ではない。
仮にそうでなくても右裁決には他にも重大且つ明白な瑕疵があるから無効である。すなわち、本件裁決書原本には同委員会委員の捺印がなく、また文中に「起業者」なる意味不明の言葉がある。
以上の点よりして、右第二回の土地の所有権は依然として原告に属する。
(ロ) 仮に右(イ)の主張が認められないとしても、昭和三九年一月二八日被告は原告に対し右第二回の土地につき原告の植林の自由を認める旨を契約した(甲第五号証参照)。
(5) 請求の趣旨第三項の請求について
前記(4)(イ)のとおり第二回の土地についての、鳥取県収用委員会の裁決は無効なものであるから、この土地につき原告の所有権の確認を求める。
(被告)
一、本案前の主張
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
二、本案の主張
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
三、答弁
(本案前の答弁)
(1) 原告は本訴においてまず第二回の土地についてなされた土地収用の損失補償を求めている(請求の趣旨第一項)が土地所有者がかかる損失補償に関する訴を提起しようとするときは、起業者を被告としなければならない(土地収用法―以下「法」という―一三三条二項)がここにいう「起業者」とは道路法による道路に関する事業を行なうもの(法八条一項、三条一号)である。ところで、道路法一二条では「国道の新設又は改築は建設大臣が行なう。」と定められている(本件係争地における道路工事は、一般国道九号線改築工事の一部分として行なわれているものである)が、右一二条の意味は、建設大臣が行政官庁として、国のために行政に関する一定の所掌事務について自ら国の意思を決定し外部に対し表示する権限に基づいて行なうことを意味するものである(もつとも、事業認定申請書、裁決申請書等において「起業者建設大臣」と表示することがあるが、これは「『起業者の名称』については、国の行なう事業にあつては、当該事業の施行について権限を有する行政機関の名称を記載すること。」(法施行規則別記様式第五備考二)とされているところによるものである)。従つて、本件訴の場合において法一三三条二項にいう「起業者」とは、「国」を指すものである。
(2) 法一三三条に定める訴の性格については、実質的には抗告訴訟であり、形式的には公法上の当事者訴訟であるとされており、従つて行政事件訴訟法四条の適用があると解されるものであるから、行政官庁たる建設大臣には当事者能力なく、被告適格を欠くものといわなければならない。
(3) つぎに、請求の趣旨第二項については、原告主張のとおり仮に第二回の土地につき、土地使用権設定契約が存在しても、その土地使用権確認請求の被告となり得る者は右契約が対等当事者間の契約である以上国とすべきである。
(4) 最後に、原告は、第二回の土地の収用裁決が無効であることを前提として、右土地に対する所有権が原告に帰属することの確認を求めている(請求の趣旨第三項)が、その被告となり得るものは国であつて、被告を建設大臣とする本訴は不適法である。
(5) 以上要するに、訴訟上の請求が対等当事者間における権利乃至法律関係に関するときは、その前提の法律関係が公法上の法律関係であつても通常の民事事件であり、私法上、権利義務の主体たり得ない行政機関たる建設大臣を被告として提起した本訴請求の趣旨第二、第三項の部分も不適法である。
(本案の答弁)
原告の主張(請求原因)中
(1)は認める。
(2)は認める。
本件収用裁決は適法且つ有効なものである。
(3)につき
第二回の土地に対する収用裁決は、坪五〇〇円の補償額をもつて有効になされている。
原告は右裁決後第二回の土地につきなされた被告の砂の採取についての補償を求めているが右の採取は、いかなる意味においても原告の権利を害するものではない。何とならば、右土地の所有権は右裁決により原告から国に移転しているからである。
(4)(イ)につき
前記のとおり本件土地収用裁決は有効且つ適法になされている。
本件第二回の土地は道路法四条の道路敷そのものであり、本件道路改築工事のためにこれが収用されることは、もとより適法である。
右裁決は右のとおり実体的にもつぎのとおり手続的にも瑕疵はない。すなわち、本件裁決書原本には委員の捺印が存在し且つ土地収用法六六条三項によれば、裁決書正本には収用委員会の印章を押捺するをもつて足ることが明らかである。
(4)(ロ)につき
原告主張の日時に、第二回の土地中九二〇番一六の土地のみについて、原告主張の如き契約がなされた事実は認める。ただし右契約はその後になされた本件土地収用裁決により効力を失つた。
第二、証拠<省略>
理由
(被告の本案前の答弁についての判断)
請求の趣旨第一項の請求部分は、本件裁決時施行の土地収用法一三三条所定の収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴に該るものとみられるので、この請求部分については同条二項により同法八条一項所定の起業者を被告としなければならないから、本件において、起業者は何人であるかにつき考える。
本件弁論の全趣旨によると、第二回の土地に対する本件収用は、その有効、無効の点はしばらくおき、要するに道路整備緊急措置法に定める道路整備五箇年計画に従いなされている一般国道九号線改築工事東鳥取国道改良事業の一環である右土地附近の同国道の道路改築工事のために必要としてなされたものであり、同国道が一般国道として国の営造物に当ることが明らかであるところ、元来行政庁は国又は地方公共団体の機関にすぎず、それ自体財産的行為の主体たり得ないことは多言を要せず、この意味でいわゆる権利能力が認められないものであるし、また、土地収用法一三三条二項の「起業者」なる文言は同法六八条に規定する財産的損失補償の主体たる「起業者」なる文言等と統一的に解釈されるべきであることは同法全体の趣旨や右各規定の体裁に照らし明らかであり、これらの点から考えると、本件における同法一三三条二項の「起業者」は建設大臣ではなくて財産的行為の主体たり得べき国と解するのが相当である。
なるほど道路法一二条には「国道の新設又は改築は、建設大臣が行なう。云々」と規定されているが、この規定の位置その体裁からみても明らかなように、これは、国道については建設大臣が国の機関としての立場において道路管理者として、すなわち、道路の管理行為の主体として道路の改築等のための工事につき一切の責任、権限をもつことを規定したにとどまると解すべきであり、それらの工事の結果の法的帰属主体が建設大臣であると解すべき根拠はない(道路法九〇条一項参照)。また成立に争のない甲第八号書(回答書)や(本件弁論の全趣旨によつて認められるように)本件土地調書等に本件における前記東鳥取国道改良事業の起業者として建設大臣と記載されていることがわかる(この記載は一般の市民である土地収用についての利害関係人にとつてまことにまぎらわしく、その点でもとより当を得た記載方法といえない)けれども、この記載は国の機関としての建設大臣を表示したものと合理的に解するのほかなく(土地収用法施行規則別記様式第五備考二参照)、従つて、同号証等をもつてしても本件事業について同法一三三条二項に定める起業者を建設大臣とみることはできない。
従つて、右請求部分については建設大臣ではなく国を被告とすべきものである。
請求の趣旨第二、第三項の請求についても原告は対等契約締結者間の合意に基づき第二回の土地に原告が植林するにつき、被告の受忍行為若しくは不作為を求め、或いは前記収用裁決の無効を前提として、第二回の土地の所有権が原告に属することの確認を求めるというのであり、これに対し被告は第二回の土地は前記収用により国が原始的に所有権を取得していると主張しているのであるから、原告としては、右の契約により拘束をうけるべき権利主体及び右土地の所有権の実質的帰属主体を破告とすべきであり、従つて、その主体たり得べき国を被告として右の権利関係を争うべきものであつて、前記のように国の一機関にすぎない建設大臣を被告とすべきではない。
他に本件のような訴訟において、建設大臣を被告とすることができる旨を定めた特別の規定もない。
右の次第で、結局被告とされた建設大臣は本訴においては被告となるべき訴訟当事者能力を有しないとみる外はいところ、本件において原告が建設大臣を被告とすることに固執していることは弁論の全趣旨によつて明らかであから、建設大臣を被告とする本件請求はすでにこの点においていずれも不適法として却下を免れないものである。
よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中村捷三 海老塚和衛 相瑞一雄)